人が、人として生きていくのに、
「コミュニケーション」は必要不可欠です。
特に、子供の頃の、
親子間のコミュニケーションは、子供の人格の形成上、極めて重要です。
41号(親の責任と非行に走る少年少女)で、
犯罪を犯す子供の傾向についてふれました。
・思いやりや人の痛みへの理解力・想像力に欠ける
・対人関係を円滑に結べない
・感情をコントロールできない
残念ながら、この問題、子供に限った話ではありません。
人格的に成長しきれず、年齢的には大人であっても、
同様の問題を抱えている人がいるのです。。。
何故、このような事になるのでしょう?
根底にあるのが、子供の頃の、
親子(家族)間のコミュニケーションの不足、です。
例えば、思いやり。
これは、親が子を愛し、
子供自身が愛された喜びを実感してからでないと、
人を思いやる事を理解しません。
愛されながら、愛する(思いやる)事を学ぶのです。
思いやりは理屈で行なうものではありません。
理屈で理解するのは、相手の事情であって、
思いやる気持ちとか感情とは別なのです。
少し話がそれますが、
お勉強等の「知育」も大切ですが、
人として生きる上で「情育」が欠落していてはいけません。
ちなみに、もう一つ大切なのが「体育」ですね。
そして、この情育、つまり情を育むという事は、
「日々の生活」を通じて行なうのです。
これは、親(保護者)が責任を持たなければなりません。
今回、挙がっている、
・人を思いやる、人の痛みを理解する・想像する、
・対人関係を結ぶ、
・感情をコントロールする、
これらは、子供の頃、家庭内のコミュニケーションで育まれるものです。
戦後の高度経済成長は、
「家族が共に過ごす時間」を犠牲にしてきた側面があります。
そして、そのような家庭で育った子供が、
やがて親となり、希薄な親子関係を築いてしまったケースが少なくありません。
そして更に、その希薄な親子関係(家庭環境)で育った子供が、
親になったのが、今の時代ではないでしょうか?
もちろん、そのような家庭ばかりではありませんし、
さまざま事情を乗り越えてきている家庭も、たくさんあると思います。
また、複雑な家庭の事情を抱えている場合も、
望んでそうなったわけではありません。
しかし、この連鎖の影響を受けている家庭は、
この問題を、どこかの世代で転換していかなければなりません。
過去を乗り越えていきましょう!